それが「よい転職」なら「巣立ち」である。それが「悪い転職」なら、再考が必要である。
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きょうのテーマは、「転職に関する罪悪感・後ろめたさ」の問題です。
これについては、最新著『いい仕事ができる人の考え方』
-あなたの「働きモード」」が変わる36のQ&A-
の中でも詳しく触れています(発展議論はこの本を参考にしてください)。
さて、私もいろいろな研修現場で
若いビジネスパーソンたちから質問をもらうのですが、
「転職は会社への裏切りなのか?」という悩みがけっこうあります。
私が答える前提として、
まず、転職には「よい転職」と「悪い転職」があるということです。
私が言う「悪い転職」というのは、
・目的観がはっきりしないままの「何となく転職」
・上司や環境でも変えればなんとかなるだろうという「安直転職」
・自分の居場所はここじゃないと短気を起こす「逃避転職」
・漫然と自分探しに出たいという「青い鳥転職」
などです。
この場合は、まずもって転職という選択肢の再考を促します。
他方、「よい転職」というのは、
・次に進むべき展望が明確な場合の「クリア・ビジョン転職」
・現職・現環境でやるべきことをやり尽くしてもっと大きな舞台を求める「成長転職」
・抗し難い情熱があり、ハイリスク覚悟でも飛び込みたいという「清水の舞台転職」
などですが、こうした場合、
これまで世話になった会社、上司、仲間への後ろめたさが生じるのは当然だと思います。
◆「永遠の誓い」か「一時の目的共有」か
私は、人と人、もしくは人と組織との関係において二つのタイプがあると考えます。
それは、
・「永遠の誓い」関係と
・「一時(いっとき)の目的共有」関係です。
結婚は前者の典型で、
自分と学校とは後者の関係に属します(人生のある期間、修学目的を共有するという解釈)。
転職に何か会社への裏切り行為のようなネガティブなイメージが付きまとっているのは、
戦後の高度経済成長期から慣行としてきた終身雇用制の下で、
労使間が暗黙のうちに
結婚にも似た「永遠の誓い」関係を前提にしてきたからなのでしょう。
つまりそこでは、別れは約束破りであり、悪であるという意識が芽生えるわけです。
ですが、世は平成に入り、会社と働く個人の関係が変わり始めました。
会社も終身雇用を言わなくなり、ヒトは流動するものと認識が変わってきました。
現在のビジネス社会では、会社とその従業員は、
ある期間、事業目的を共有して利益活動をするという関係でとらえる部分が大きくなりました。
ですから、ある目的を終え、次の目的が互いに共有できなくなれば、
ヒトがそこを去っていくのはやむかたなしと肯定的な流れになっています。
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2010.03.20
2015.12.13
キャリア・ポートレート コンサルティング 代表
人財教育コンサルタント・概念工作家。 『プロフェッショナルシップ研修』(一個のプロとしての意識基盤をつくる教育プログラム)はじめ「コンセプチュアル思考研修」、管理職研修、キャリア開発研修などのジャンルで企業内研修を行なう。「働くこと・仕事」の本質をつかむ哲学的なアプローチを志向している。