「人生、ビジョンに向けて一直線」 数あるキャリアの選択肢の中で選ぶということはとても重要です。ただ、その選択肢は本当に正しいのでしょうか? あなたの大切な人生を適切に見極める方法を見つけていきましょう
「会社を辞めようと思います」
顧問先顧客の人事担当である伊藤課長(仮名)の穏やかならぬ言葉に驚き、私は思わず理由を訊ねました。
「営業への異動を打診されたんです」
ポツリと漏らした言葉をきっかけに、彼は一気に思いをぶちまけてくれました。
どうしても人事の仕事に就きたくて前の会社を辞めて新天地である当社へ入社してきたこと。
人事の仕事を究めるために、社会保険労務士の勉強を始めたこと。
この会社にとって必要である人材育成や風土改革への取り組みを最近始めたばかりであることなど…。
人事の仕事にどっぷり浸かろうとしている彼からすれば、
その矢先での営業への異動はクビの宣告に等しいくらい重大な事件。
さぞや悔しかったことだろう…。
私は彼の気持ちに感情移入しながら聞いていました。
しかし、ちょっと性急過ぎるのではないか、私はそうも感じ、心配になって彼に訊ねました。
「ところで、伊藤課長は何歳だったっけ?」
すると、
「二十九歳になったばかりです」
との答え。やはり、そうか、頭に血が上り一つの選択肢しか考えられない状況に陥っているな…。
そう感じた私は、スタンフォード大学のクランボルツ教授が提唱する
『キャリアドリフト理論』を紹介することにしました。
クランボルツ教授によれば、キャリアとは『自ら主体的に築いていく=キャリアデザイン』
するものであると同時に、時には『流される=キャリアドリフト』することも大切だというのです。
まずは流れに身を任せ、様々な仕事や立場を経験してみる。
その中で自分でも気付いていなかった価値観や能力に出会い、
少しずつ明確な意思を持っていくようになります。
そして人生の中でほんの数回だけ訪れる、ここぞ!という時にだけ、流れに竿を差す。
つまり、キャリアデザインをするのだ、という考え方です。
彼はこれを『プランド・ハプスタンス=計画された偶然』と呼んでいます。
私の話を聞きながら、結論を急いだのでしょうか、伊藤課長は気色ばんで私へ問いかけます。
「今はドリフトすべきということでしょうか?営業をやるべきだというのですか?」
私は笑いながらやんわりと彼へ返しました。
「私にはわかりません。もしかしたら、今がまさに流れに竿を差す時なのかもしれない。
しかし、逆に今こそ、流れに身を任せるべきなのかもしれません。
それを判断するのは伊藤課長、あなた自身にしかできないんですよ」
うーん、と考え込む課長。私はもう一つ、考え方のものさしを投げることにしました。
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