私たちは、日々遭遇する出来事や事実、体験によって自己がつくられていくと思っている。しかし実際自己をつくっているのは、出来事や事実をどうとらえ、どう心を構え、どう体験していくかを根っこで決めている「観念」である。降りかかってくる出来事を100%コントロールすることはできないが、観念をコントロールすることは可能である。
最初に、古代ギリシャ・ストア派の哲学者エピクテトスの言葉です───
「人はものごとをではなく、それをどう見るかに思いわずらうのである」。
また、フランスの哲学家・モンテーニュは『エセー』でこう言っています───
「事柄に怒ってはならぬ。事柄はわれわれがいくら怒っても意に介しない」。
◆「その出来事が」ではなく「観念が」感情を引き起こす
この2つの言葉を理解するために、卑近な例を出しましょう。
職場の同僚2人が昼食のために定食屋に入りました。2人は同じメニューを注文して待っていたところ、店員が間違った品を持ってきました。そのとき一人は、「オーダーと違うじゃないか。いますぐ作りなおして持ってきてくれ」と、厳しく当たる対応をしました。一方、別の一人は「まぁ、昼食の混雑時だし間違いも時にはあるさ。店員がまだ慣れてないのかもしれないし。時間もないからそのメニューでいいよ」と、穏やかな対応をしました。
このように同じ出来事に対し、結果として2人の持つ感情、そして対応がまったく異なったのはなぜでしょう。───それは、各々が持つ観念(ものごとのとらえ方、見識、信念)が異なっているからといえます。
すなわち、一人は、「客サービスは、決して客の期待を裏切ってはいけない。飲食サービスにおいて注文品を間違えるなどというのは致命的なミスである」という観念を持っているがゆえに、あのような対応が生じました。他方の一人は、「混雑するサービス現場では取り違えや勘違いは起こるものである。おなかが満たされれば、メニューにあまりこだわらない」という観念で受け止めたために、あのような対応になりました。
このように人の対応に差が出る仕組みを、臨床心理学者アルバート・エリスは「ABC理論」でうまく説明しています。ABCとは、次の3つを意味します。
・A(Activating Event)=出来事
・B(Belief)=信念、思い込み、自分の中のルール
・C(Consequence)=結果として表れた感情、症状、対応など
私たちは、何か自分の身に降りかかった出来事に対し、「よかった」とか「悔しい」とか感情を持ちます。ですから私たちは単純に、この場合の因果関係を〈A〉→〈C〉であるかのように思いがちです。ところが実際は、その感情〈C〉を引き起こしているのは、出来事〈A〉ではなく、その出来事をどういった信念〈B〉で受け止めたかによるというのがこの理論の肝です。すなわち、因果関係は〈A〉→〈B〉→〈C〉と表されます。
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2009.10.27
2008.09.26
キャリア・ポートレート コンサルティング 代表
人財教育コンサルタント・概念工作家。 『プロフェッショナルシップ研修』(一個のプロとしての意識基盤をつくる教育プログラム)はじめ「コンセプチュアル思考研修」、管理職研修、キャリア開発研修などのジャンルで企業内研修を行なう。「働くこと・仕事」の本質をつかむ哲学的なアプローチを志向している。