トヨタが軽自動車に参戦した。その名は「ピクシス」。ダイハツからのOEM供給だが、気になるのはその価格。112万~168万円だという。供給元のダイハツも新型軽自動車「イース」の発売を発表しているが、燃費がリッター30Kmとガソリンエンジン車としては最高クラス。にもかかわらず、価格は79万8千円からだ。あまりに違う両社のスタンスのナゾを考察してみよう。
価格設定には3Cの視点を持つことが必要となる。競合視点・自社視点・顧客視点である。
■トヨタの敵はトヨタ?
製品は常に競合と比べられる。それを意識した競合視点を「競争志向」の価格設定という。競合となり得る商品を特定し、競合と全く同じ価格にするのか、その上下、何パーセントぐらいに設定するかを考えることになる。
では、「ピクシス」の競合となる存在は何だろうか。もちろん、前出の「イース」は同じ軽自動車カテゴリーにおける強力な競合だ。というより、真正面から比べられたら勝負にならない。しかし、より問題となる競合がある。トヨタ内を見回してみれば、小型車の「パッソ」は100万円から。「ヴィッツ」も106万円からと逆転現象を起こしている。もし、「ピクシス」がボディーサイズやエンジン排気量から考えて順当に最安価格の車となったらどうだろうか。そうなれば、一気にトヨタ顧客の軽自動車シフトが始まってしまうかもしれない。自社内でのカニバリ(共食い)だ。
■販売目標数の足かせ
自社視点を、「原価志向」の価格設定という。自社で製品の生産にかかったコスト(固定費+変動費=原価)にいくら利益を上乗せしていこうかと考える方法だ。しかし、「ピクシス」の場合、ダイハツからのOEM供給である。トヨタのお家芸である原価低減効果を社内で発揮することは難しい。
さらに、供給元であるダイハツに対しても強気に出られない事情がある。原価低減に効くのは「規模」だ。大量生産・販売すれば、商品1つあたりの固定費率を低減できる「規模の経済」という。規模はとにかく自動車の価格設定における一大要因である。日産のマーチは99万円からであるが、マーチはタイで生産し、鋼板の品質を落として構造で強度をカバーする工夫をしてまでコストダウンした世界戦略車。軽自動車は日本限定の規格。スケールメリットの差が逆転に現れているまた、規模化すると固定費だけでなく変動比率、特に人件費の低減も図ることができる。生産量が増すと習熟度が上がり、単位時間あたりの生産性が向上するからだ。その結果、生産量に対する、その担当者の人件費が安くつくことになる。しかし、メディアの伝えるところによれば、「ピクシス」の販売目標台数は軽自動車市場160~170万台のうち6万台であるという(9月27日付YOMIURI ONLINEより)。
■顧客への提供価値は何か?
顧客視点を「需要志向」の価格設定という。端的に言えば、この視点は「顧客がその製品にどれだけの価値を感じてくれるか」ということだ。
<軽の比率が52%と全国3位の長崎県も重点地域。長崎、佐賀県を地盤とする西九州トヨタ自動車(佐賀市)の石井俊彦専務は「クラウンやプリウスが販売の中心だが、軽需要を取り込まないと生き残れない」と期待を込める>(同YOMIURI ONLINE)という。顧客は車のイニシャルコストだけで判断するわけではない。軽自動車は車両税、燃費、保険などのランニングコストが安い。さらに、一部地域を除き車庫証明不要なので、「すぐ乗れる」というメリットもあり、震災被災地域などで軽自動車が求められる大きな要因となっている。では、トヨタが顧客に提示できる提供価値は他にないのかといえば、そこは「トヨタブランド」の価値が効いてくる。製品に対する信頼だけではない。メンテナンスなどをしてくれる販売店に対するロイヤルティーも大きな要素だ。つまり、6万台程度の販売目標であれば、自社の販売力で競合となる他社の軽自動車との価格差を埋めることができるという計算だろう。
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2015.07.10
2015.07.24
有限会社金森マーケティング事務所 取締役
コンサルタントと講師業の二足のわらじを履く立場を活かし、「現場で起きていること」を見抜き、それをわかりやすい「フレームワーク」で読み解いていきます。このサイトでは、顧客者視点のマーケティングを軸足に、世の中の様々な事象を切り取りるコラムを執筆していきます。