11月10日付日経新聞に<羽田に「メンズ館」 三越伊勢丹 新規立地を開拓>という記事が掲載された。そこには、どのような意図が隠されているのだろうか。
記事によれば、羽田空港への出店は来春であるという。売り場面積は伊勢丹新宿本店のメンズ館の約10分の1とあるが、それでも1千平方メートルと、昨今都心で流通グループの戦略として散見される「狭小店開発」という規模では全くない。
強気の背景は、まずメンズ館のノウハウにある。記事では同館は<東京地区の百貨店の紳士服売上高の3割を占めるまでになった>とある。そして、もう1つは羽田空港の市場としての有望性だ。<国交省によると、羽田空港の10年の乗降客数は約6421万人と前年比約4%増加。今後も発着枠の拡大などで利用者の増加が見込まれる>というから、「縮む日本市場」においては見逃せない優良立地なワケだ。そこでのターゲットは<30~40代を中心とする男性出張客>だという。
前出の通り伊勢丹メンズ館は、バブル崩壊後のアパレル冬の時代における数少ない成功事例のひとつである。それを追撃しているのが阪急だ。梅田に続き有楽町メンズ館を先月オープンさせ、連日活況を呈している。しかし、それら以外の多くの百貨店の紳士服売り場に集う顧客は決して多くないという状況だ。では、「オシャレ男子」はどこにいるかといえば、いわゆる「セレクトショップ」に多く生息している。
百貨店紳士服売り場とセレクトショップの違いは何か。もちろん、セレクトショップの名の通り、品揃え・マーチャンダイジングの優位性はあるが、構造的な問題も見逃せない。多くの百貨店で紳士服売り場は上層階の一部に追いやられている。決定的にアクセシビリティーが悪い。なかなか来ないエレベーターを待ったり、何度もエスカレーターを乗り継いだりするのはイライラするし購買意欲も萎える。それに対し、セレクトショップは路面店だったり、テナントビルのいい場所に入居していたりする。ふらっと立ち寄る気にもなる。
ネットで「服を買いに行くための服がない」という言い回しが流行ったことがあるが、それもあながち冗談では済まない独特の「バリア感」がセレクトショップにはあるのも事実だ。ふらっと入れるのは、「但し、オシャレ男子に限る」のである。その点、百貨店は万人向けというか、公共的といういか、格段にバリアは低い。ただ、「30~40代を中心とする男性」にとってはそこで自由に買い物をするということは、なかなかに困難な事情が存在する。
DMU(Decision Making Unit)という。「購買決定単位」と直訳されるが、モノの購買決定に関与する立場の人のことをいう。企業内のITソリューションであれば、利用部門の担当者、決裁者、システム部門の担当者、購買部門の担当者などがDMUとして関わってくる。個人の場合でも妻帯者は奥方が強力なDMUとして関与してくる家庭が多い。ナゼか財布のヒモを奥方が握っている家庭が多いからだ。働いて得た果実を一度中央に集約し、必要に応じて配分されるという、家庭内共産制。愚痴をこぼす夫君も多い。
そんな環境にある「オシャレ男子願望」を持つ30~40代妻帯者にとっては、「三越伊勢丹・羽田メンズ館」は夢のパラダイスになるはずだ。ファーストレディーでもなければ出張に同行される奥方はいない。夫君は解き放たれた状態になる。ましてや出張漬けの日々を過ごしている人でなければ出張は「非日常モード」である。高揚感に背中を押され気が大きくなり、購買意思決定もしやすくなるだろう。
「三越伊勢丹・羽田メンズ館」の計画からは、ターゲットには購買に至るどのような心理的・物理的障壁があり、それをどのようにして低減することができるかを設計すること。DMUを洗い出し、その関与具合によっては回避する方法を検討することの重要性が学べるだろう。
ちなみに、筆者はすべての購買意思決定を自ら下しているが、「三越伊勢丹・羽田メンズ館」の開業にワクワクするキモチには変わりはない。そうしたターゲットの購買行動と自己心理分析はまた、改めてしてみたい。
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2015.07.10
2015.07.24
有限会社金森マーケティング事務所 取締役
コンサルタントと講師業の二足のわらじを履く立場を活かし、「現場で起きていること」を見抜き、それをわかりやすい「フレームワーク」で読み解いていきます。このサイトでは、顧客者視点のマーケティングを軸足に、世の中の様々な事象を切り取りるコラムを執筆していきます。