私たちは「一企業人」であると同時に、「一消費者」であり「一市民」であり「一地球人」でもある。つまり「マルチロールな」(複合的な役割の)存在である。一人の人間のなかにいろいろな価値基準があるために「モラルジレンマ」が起こる。
◆演習:ボックス・ティッシュ開発
次にあげるケース(事例)は、私が研修で使用しているもので、実際の市場で起きていることを一部取り込みながら創作したものである。ケースを読んで、後の問いについて考えてほしい。
===〈ケース〉===
あなたは製紙会社A社に勤めていて、ボックス(箱入り)・ティッシュの商品開発を担当しています。A社は、スーパーやドラッグストアなどでよく見かけるボックス・ティッシュ「5箱パック」製品で業界トップシェアの位置を確保しています。ところが、最近B社が急速に売り上げを伸ばし、A社を追い抜く勢いになってきました。
なぜかというと、B社の低価格戦略品が消費者の支持を集め、急速にシェアを拡大しているからです。現在、店頭では次のような状況で2社の製品が並んでいます。
A社製品=5箱パック:358円
B社製品=5箱パック:298円
両社の製品は外箱のデザインこそ違え、5個パックの大きさはほぼ同じ。消費者はティッシュ自体の品質に大きな差を感じていません。となれば、そこに付けられた値札の差額は、デフレ・不景気下の消費者にとってみれば、歴然と大きなものです。「5箱パックが300円を切った!」ということで、消費者は一気にB社製品に手を伸ばしているわけです。
しかし、ここにはからくりがあります。B社が投入してきた戦略品は、同じ「5箱パック」としながら、1箱に詰めるティッシュの枚数を減らし、紙の品質をわずかに落とし、そこで低価格を実現させているのです。
従来、業界では標準として、2枚を1組のティッシュとして、1箱に200組400枚を詰めていました。それをB社は、160組320枚にしたのです。1箱に何枚のティッシュが入っているかという表示は、箱の裏面に小さく表示があるだけで、多くの消費者はその点に気づかないのが現実です。つまり、実際はこういう比較数値になります───
A社=5箱パック:358円
(1箱400枚入り×5箱=総計2000枚:1枚あたり0.1790円)
B社=5箱パック:298円
(1箱320枚入り×5箱=総計1600枚:1枚あたり0.1863円)・紙品質やや劣
そうこうしているうちに、B社は次の策を打ってきました。今月発売した新商品のパッケージには「エコ×エコ」とデザインされた目立つシールが貼ってあります。説明表示を読むと、「箱の高さを数ミリ小さくし、外箱に使う紙資源を少なくしました!」とあります。
さて、客観的に考えて、ほんとうに「エコ×エコ」=経済的で省資源なのはどちらでしょうか? 確かに店頭価格はB社のほうが安い。しかし、ティッシュ1枚あたりで考えると、A社のほうが安いのです。しかも品質的にも上です。経済的なのはA社です。
次のページ◆私たちは「マルチロール」な存在である
続きは会員限定です。無料の読者会員に登録すると続きをお読みいただけます。
- 会員登録 (無料)
- ログインはこちら
関連記事
2009.10.27
2008.09.26
キャリア・ポートレート コンサルティング 代表
人財教育コンサルタント・概念工作家。 『プロフェッショナルシップ研修』(一個のプロとしての意識基盤をつくる教育プログラム)はじめ「コンセプチュアル思考研修」、管理職研修、キャリア開発研修などのジャンルで企業内研修を行なう。「働くこと・仕事」の本質をつかむ哲学的なアプローチを志向している。