リサーチ系の人の間では有名なお話しですが、アサヒスーパードライ、目隠し調査では、おいしくないという結果になります。まあ、知っている人は知っている。知らない人は知りません・・・。
あんまり皆さんおおっぴらには言いませんけど、アサヒスーパードライは目隠し調査すると、評価が相当落ちます。
目隠ししないで飲むと、高評価なんですよ・・・。
人間は、訴えかけられる情緒的な価値によって、味覚まで変化している!ともいえるかもしれません。
有名なお話しですが、味覚のマップを作って、目隠し時と非目隠し時の違いを見ると、とても面白いですよね。
目隠ししないと、各社が仕掛けようとしている味覚のマップにきれいにポジションが分かれたりします。
でも、目隠しすると、各社が仕掛けようとしているポジションとは全然違う結果になる・・・。
これはどういうことなのでしょうか?
同じことの繰り返しになりますが、仕掛けられたイメージを、情緒を人は消費しているんでしょうね・・・。
味という、ある意味絶対的にも思えるものも、イメージによって操作されてしまう。
ただ、まあ、ブランドを見ながら飲んだほうがおいしいということは、ブランドは価値を積み上げていることになります。
だから、それはそれで社会に対する価値を増している活動ではあるわけですよね。
それはそれでOKですよね。
この絵をみながらジュースを飲むとおいしい!というのがあるのなら、その絵には価値があることと同じですよね。
この友人とご飯を食べると、ご飯がおいしい、というのもあるでしょうね。
まあ、何が言いたいか?と言いますと、価値というのは、ホリスティックなものだ、ということです。
また横文字が出ました。ごめんなさいね。
ホリスティックというのは、総合的、包括的、全体的というような意味です。トランスパーソナル的な背景というか、文脈を持つ言葉なのですが、トランスパーソナル的背景は、ご興味がおありの方は調べてみて下さい。
価値とは、全体で成立している。部分に分けてみてもいいけど、その関係によって、部分を越える全体が提供されるんですね。
だから、目隠し調査をして、アサヒスーパードライが不味いからと言って、アサヒスーパードライが不味いわけではないのです。
アサヒスーパードライという全体性の中で、味覚も評価するのが、まっとうですよね。
目隠しをして不味い!というのは、ひょっとしたら、ブランド認知をした上で美味しいことを狙った味にしているからなのかもしれません。
まあ、開発の方々のみ真相を知るといったところでしょうけどね。
部分と全体と関係のお話しは、たくさん書いてきましたが、こういう事例のほうがわかりやすいでしょうか?
伝えるというのはなかなか難しい作業ではありますね。
それでは、次回をお楽しみに。
バリューデリバリーシステム
2009.03.10
2009.03.02
2009.02.01
2008.06.21
2008.06.19
THOUGHT&INSIGHT株式会社 代表取締役
THOUGHT&INSIGHT株式会社、代表取締役。認定エグゼクティブコーチ。東京大学文学部卒。コンサルティング会社、専門商社、大学教員などを経て現職。