誠実さは全ての言動の原点になる。
誠実さとは、嘘をつかないことであり、偽りのない心による言動である。
大辞林には、「偽りがなく、まじめなこと。真心が感じられるさま。」だと書かれている。
1981年から20年間にわたってGEを指揮して、売上を約5倍、純利益を約8倍に高めたジャック・ウェルチ氏は、会長として最後の2000年度の年次報告書の「投資家への手紙」で次のように述べている。
Integrity: It's the first and most important of our values.
ジャック・ウェルチ氏に限ったことではないが、経営において誠実さが重視されることは多い。しかし、周知徹底していて当然だからなのか、あえて口にするのが恥ずかしいからなのか、誠実さなどについて考える余裕もなく日々の仕事に追われているためなのか分らないが、誠実さが経営の前面で語られることは少ないようである。誠実さが経営の前面に出てくるのは、法令違反が社会問題として取り上げられる時ばかりのようである。
誠実さとは何か?その基本は嘘をつかないということであろう。嘘をつかないということは、自己の言動を厳しく見つめるということである。あるいは、子供のよな純粋な心で考えるというにも近いであろう。自己の中の子供心、純粋さや純心さを大切にすることが誠実さにつながるようである。
矛盾が多い大人社会において純粋さや純心さの尊重と同じくらい重要な意味を持つのは、自己の言動を厳しく見つめることである。そのために論理や数値による事象の正確な把握が不可欠になる。論理や数値の厳格な管理が、経営など高度な社会活動において重要になる。
しかし、この論理や数値の管理という作業もまた不安定なものである。それは論理や数値(事実データなど)という「積み木」をいくつ積み上げられるかという競争にも似ている。
1個積み木を積むよりも、2個、あるいは3個積んだ方が良いことになる。10個も積み木を積むと周囲から称賛されることになる。しかし、11個目の積み木の積み方を間違えると、積み木は崩れてしまい、結局、1個か2個しか積まれていない積み木に及ばないことになる。
学校教育の一部、特に大学などにおける専門教育は、積み木の積み方の訓練のような側面があるだろう。
成績の良い人、学歴の高い人は、その他の人に比べて積み木を多く積み上げる能力を持っていることになる。そのために称賛されたり、尊敬されたりすることも多いが、一方で、積み木の積み方を間違えて、非難を受けることも多くなる。
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