中学校の教室で、
結果報告の仕方について考えた。

2011.08.10

ライフ・ソーシャル

中学校の教室で、 結果報告の仕方について考えた。

井上 郁夫
マネジメント・ブレイン・アソシエイツ 授業・キャリアコーチ

夏、下敷きをパラパラさせて風を送っていたら「目障りだ」と先生に叱られことを思い出しながら書きました。

 中学校の教師時代、生徒が授業中によく叫んでいた言葉に

「先生!暑い!」があります。

 その度に、「太郎、暑いのか! だから(…沈黙)」と答えていました。

「先生とても暑いんですけれど・・・!」と丁寧に話しかけてくる生徒もいます。
 そんな時も、やはり、「花子、暑いのか!だから(…沈黙)」と回答していました。

 しかし、「先生!暑いのでエアコンを点けてもらえますか?」と具体的に要望された時には、「はい、喜んで」とまでは言わないものの、
「次郎、わかったよ。エアコン、つけようか。寒くなりすぎたら言ってね!?」
と回答していました。

 三つ目の依頼のときだけ私は、エアコンを点けたのです。

 お気づきのように、太郎と花子の前の2例は、暑いという状況を伝えているだけで、教師である私に「エアコンを点けて」という具体的な行動の依頼を口に出してはいません。「先生、気持ちを汲んでくれよ!」という感じですね。


 このような気持ちを汲んでほしいといった曖昧な発言は私たち大人にもあります。そして、こうした発言を聞くたびに、私は心の中で思うのです。
「この人は、もしかしたら責任回避をしながら、相手をコントロールしようとしているのではないか、と。これはイエローカードものだな、と」

 3番目の例である次郎は、「エアコンを点けて」と依頼しているので教師に、「駄目だ」と拒否されるリスクがあります。発言を拒否される結果を引き受ける勇気を次郎が持っているときにだけ、こうした発言ができるんですね。

 同じようなケースは、上司への報告にもあるかもしれません。
 上司への報告は「○○が○○であった」という結果報告、こんなことがあったという事実の羅列だけでは不十分でしょう。

 その結果を受け、「○○がしたい」「○○が必要だ」といった次の展開への方向性の提示や依頼があってこその報告だと思います。
 「○○が○○であった」という状態を表すBe動詞表現ではなく、動作を表す一般動詞での表現心がけること、Be動詞での結果報告は、客観性を装いながらも、当事者の責任を回避しようという弱い気持ちがあらわれていると私は思います。

 皆さんは、どう思われますか?

合資会社マネジメント・ブレイン・アソシエイツ
井上郁夫(ゆうきコーチ)

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井上 郁夫

マネジメント・ブレイン・アソシエイツ 授業・キャリアコーチ

ティーチングとコーチングが融合する 新しい教育指導スタイルの構築を目指しています。

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