医者に向かって「注射や薬だけで、健康にしてくれ」という人はいません。健康な会社づくりと研修の関係について考えてみます。
思いがけず病気や体調不良になってしまったから、病院に行って治してもらおう。そんな感覚で、研修を実施しようとする経営者は少なくありません。この階層が機能していないから、この分野のスキルが弱点だから、士気が上がらない、雰囲気が緩んでいる、といった組織のうまくいっていない部分をすぐに直してほしい。注射を打ったり、薬を飲んだりすればすぐに体調不良が解消するように、駄目なところをすぐに直してほしいと考えて研修を実施します。
もちろん研修に、注射や薬のような治癒を期待するのは間違ってはいませんが、同じ注射や薬を使っても効く人と効かない人がいるのと同様、同じ研修を実施しても、効果のある会社とそうでもない会社があることは理解しておかねばなりません。お金を使って研修を行うのだから、それなりの効果を求めるのは当然だという論理も分らぬではありませんが、注射や薬を使っても、相当に病状が悪化している人やそもそも健康状態が悪い人には効きにくいように、研修も、その組織や人材がどのような状態かによって効果のほどが異なってきます。
体調が悪くなったり、予期せぬ病気になったりしないためには、もしくは二度とそうならないためには、自分の体の状態を定期的にかつ客観的に知るために健康診断を行い、良くない部分があればその改善・強化を行うために、食事を変えたり運動をしたり何か節制をしたりと、地道な取り組みを行います。そうやって作ってきた健康な体には、何か病気があったとしても注射や薬がよく効きます。が、健康状態の把握もせず不摂生を続けてきた体には、注射や薬がよく効かない、あるいはそれだけの治療では済まないということになります。
研修も同じ。組織の機能不全や社会・顧客との不適合、その他の不都合が起こらないように(繰り返さないように)、まずは、組織や人材の状況をしっかりと(何となくではなく、思い込みでもなく)把握しなければなりません。そして改善点を見出し、組織や人を鍛え、改善・強化していくという地道な活動に取り組む必要があります。そうやって大切に作ってきた組織や人材に対しては、研修は効果的です。このことを分っている会社と無関心でいた会社、曲がりなりにも取り組んできた会社と放置してきた会社では、研修の効果は全く違うものになります。
健康そのものの人が大病する、不健康なのに大過なく長生きするという場合もあるだろうと言われるかも知れませんが、それは例外でありますし、だから不健康でも構わないということにはなりません。講師としてやっていると、組織や人材の改善・強化をしようとしてきた会社と、それらには無関心で病気になったら注射を打って直せばよいという会社では、受講者の研修への取り組み姿勢、内容の受け止め方、現場で使えるように自分の問題として捉える思考などにおいて、違いは歴然としているのです。
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NPO法人・老いの工学研究所 理事長
高齢期の心身の健康や幸福感に関する研究者。暮らす環境や生活スタイルに焦点を当て、単なる体の健康だけでなく、暮らし全体、人生全体という広い視野から、ポジティブになれるたくさんのエビデンスとともに、高齢者にエールを送る講演を行っています。