/サンタの白い袋に入っているプレゼントは、おもちゃなんかじゃない。ほんとうにたいせつな、子供の幸せを祈る気持ちだ。/
「おい、そこのあんた。あんた、サンタか?」「うわっ!」「驚くこたぁ、ないだろ。老人はみんな早起きなんだ。朝の散歩だよ」「まだ真っ暗な四時ですよ。寒いでしょ」「そりゃ、おたがいさまだ」「でも、なんで、わたしがサンタだって思うんですか?」「そりゃ、クリスマスの晩に、太った年寄りが赤い服を着て、白い袋を持って、トナカイのソリに乗ってうろうろしてたら、サンタにきまってる」「そうですか……」
「だけど、あんた、のんびりしている場合じゃないだろ。もうすぐ夜が明けるぞ」「それが、ちかごろ、この国は子供が減って、いつもより早く終わってしまって、一息ついていたところでして」「そうだな、この辺はもう年寄りばっかりだ。子供なんかいやしない。おまけに、ちかごろの子供ときたら、ろくなもんじゃない。ゲームがほしい、メダルがほしい、と、うるさい、うるさい。ここ数日、病院や薬局の待合いでも、何万円のなんとかを買ってやったら、すごく喜んだ、とか、抱きつかれた、とか、そんな孫自慢ばっかりだ」「あなたも?」「いや、私は年金暮らしで、そんな余裕は無いよ。プレゼントも無しに、孫に会いに行ったって、うっとうしがられるだけだろ。そうでなくても、もうここ何年も、息子のところにも、娘のところにも行っておらん」「そうですか……」
「しかし、あんたも大変だな」「?」「いったい、あんた、どんだけカネを持ってるんだね? 世界中の子供たちにプレゼントを配って歩くなんて、そりゃまあ、長年、すいぶん酔狂な善行だとは思うが、私から言わせりゃ、あんたのやってるのは、ただの金持の嫌みな道楽だな」「え? なにか勘違いしてませんか?」「その白い袋、子供たちへのプレゼントが入ってるんだろ?」「まさか」「じゃ、何が入ってるんだ?」「見ますか?」
「なんだ、これ? やたらと甘い匂いがするな」「クッキーですよ。子供が自分たちで焼いたジンジャーブレッドもありますよ」「子供たちへのプレゼントは?」「私が行く前から置いてありますよ。大きいの、小さいの、いろいろですが、親御さんたちがやりくりしてなんとかするんでしょうね」「じゃ、あんたは?」「子供たちが準備してくれたクッキーを食べてくるだけです。でも、年来、ちょっと太りすぎで、お医者さんに節制を勧められてましてね、この袋に入れて持って帰って、一年かけてゆっくりいただくんです」「それだけ?」「眠っている子供たちの寝顔を見て、この子が幸せになれますように、と、祝福を伝えるんですよ。本業はあくまで司教ですからね」
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2015.07.17
2009.10.31
大阪芸術大学 哲学教授
美術博士(東京藝大)、文学修士(東大)。東大卒。テレビ朝日ブレーン として『朝まで生テレビ!』を立ち上げ、東海大学総合経営学部准教授、グーテンベルク大学メディア学部客員教授などを経て現職。