~高度成長からバブルを駆け抜け、さらなる未来へ~ 1980年~90年台にかけての日本経済のバブルが膨れ上がって破裂前後の頃の、筆者のドロドロの商社マン生活の実体験をベースに、小説化しました。 今も昔も変わらない営業マンの経験する予想を超えた苦楽物語を、特に若手営業マンに対して捧げる応援メッセージとして書きました。
第二章 一人前への長い道のり
翌日、関が宮田にずかずかと近寄ってきて案の定
いつもの雷を落とした。
「ばっきゃろー! 何だこれは。 お前は全くテレックスの
内容をなんもわかっておらんじゃないか。
もっと真剣に読んで、わからんことは回りに聞け!
皆忙しいから待っていても誰も教えてくれんぞ!
聞いて聞いて聞きまくれ。
板前修業のようなもんだ。わかったか!」
< 出たー。またこれや。なにが「ばっきゃろー」や。
どうせなら、アホ!いうてもろたほうがまだましや。
それと、聞け聞けいうけど、いざ聞こうとしたら
いっつも「忙しいから後だ!」で終わりやないかい。
腹立つわ。ほんま。 >
「おい。 それと、お前、今日何でここに座ってんだ?」
< なにいうてんの。このおっさん。 >
「えー? 何でといわれましても??
ここ自分の席ですからと思ってるんですけど、
どういうことでなんでしょうかしょうか?」
< なに聞いとるんや、このおっさんは。 アホかいな。
この机は、俺の机やろが。 なに、この会社は机も
くれへん会社なんかいな? >
「違うだろうー! 何で会社にいるんだと聞いているんだ。
どういうことなんでしょうでしょうか? じゃないだろう?
馬鹿か!。 お前は。」
「はー・・・」
「宇都宮には行かないのか?」
「宇都宮・・・ですか?」
「そうだよ。 先日一緒に行った日本非鉄金属工業の
宇都宮工場に行かないのかって聞いているんだよ!」
「え? また行かないといけないのですか?」
「あったりまえだろう! お前はあそこの担当になってるんだよ。
雨が降ろうが、風が吹こうが、あの会社があそこにある限り、
お前はあそこには何度でもずっと行き続けるのだ。
行って行って行きまくって、注文とってこい!
さー、今からすぐ行って来いや!」
< そんなん聞いてないし・・・ >
正直、あんな東京から何時間もかかる中途半端に遠い
ところのお客様の担当になるのは気が重かった。
もうひとつ気が重い理由があった。
華やかな海外ビジネスや英語とは無縁の泥臭い国内商売を
担当するのは、正直がっかりであった。
同期の連中の多数は、配属早々テレックスなどで海外の
支店や取引先とのやり取りを始めたり、早速オファー
(Offer:見積書、)やプロポーザル(Proposal:提案書)
を提示するための原稿を英語で書かされたり、海外取引先の
要人との会議やアテンド(接待)に駆りだされたりと大忙しである。
彼らは、いわゆる総合商社らしい華やかな海外取引の現場
というステージに上がりこもうとしていた。
同期のそういう連中が本当にうらやましくて仕方がなかった。
宇都宮から乗ったタクシーの窓から見える栃木県ののんびり
した田園風景を眺めながら、宮田はつぶやいた。
「前回は、冷間圧延設備のキックオフという大イベントが
あったが、今日はそういうイベントも何もない。
いったいどの部署で誰とどんな話をすればええんやろか・・・」
会社を出る前に、関からあるメーカーのアルミニウム
インゴット(精錬されたアルミニウムの金属塊)の
溶解炉のカタログを渡された。
次回に続く。
商社マン しんちゃん。 走る!
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