/小さなドラマはどこにでもありうる。ほんの少しの気づかいと思いやりで、あなたがそれを始めることもできる。/
サービスエリア、と言っても、端の隅。「悪いなぁ、こんな夜に」「シフト表どおりですよ。ちゃんとよく寝てきましたし。それより、店長、早く帰らないと。お子さんたち、待ってますよ」「でも、きみだって」「?」「ほら、こないだ、バイクの後に、彼女、乗せてたじゃないか?」「ああ、あいつね。小学校以来の幼なじみですよ」「じゃあ、きみと同じ年か」「ええ、まあ」「……正社員の話、今度また、社長にかけあってみるよ」「ありがとうございます。でも、前にも無理って言われたんでしょ。この業界、昨今、厳しいですよね」「いや、社長も、きみのこと、いろいろ考えてはくれているんだ。ただなかなか……」
「店長にも、社長にも、感謝してますよ。バイトなんて、若くて安いやつがいくらでもいるのに、オレみたいなのを、ずっと長く使ってくれてるんですから」「もうしわけないな、力不足で……。きみの彼女にまで心配かけてしまってるんじゃないのか……」「なに言ってるんですか。へへっ、じつは、ちゃんと明日、デートなんですよ」「そうか。それはちょうどよかった」「? ……それより、店長、ほら、もう、早く帰ってあげないと、お子さんたちといっしょにケーキ食べられないですよ」「ああ、わかった。こんな寒い夜はお客さんも少ないと思うが、あと、頼むよ」「ええ、いくら少なくたって、うちが開けてないと、お客さん、困っちゃいますからね」
クリスマスの夜。高速道路のガソリンスタンド。雪は無いが、広い谷筋を冷たい風が吹き込む。店長も帰って一人。客も、だれも来はしない。向こうの売店の方にはトラックや自動車が出入りしているが、ここの前は素通り。ラジオだけが賑やかしく、クリスマスソングを流し続けている。事務所の中を掃除。ガラスに自分の顔が映る。いくら車が好きだからといっても、いつまでも学生気分でバイトのままというわけにもいかないな。それはわかっているんだ。でも、街中は苦手だ。せせこましくて、息ができない。ここには、山もある、川もある。空も、湖も。ただ仕事が無い。イスに座り込んで、ほおづえをつく。ちょっと疲れた。最近は夜勤がきつくなってきた。
「オイ、店長サン!」「え? は、はい、いらっしゃいませ。あの、店長はもう……」「ソコノ、アナタよ。給油シテネ」「はい、いますぐ」 外国人か。ひげもじゃだ。それも白い。けっこうな年だろう。ボア付きの作業ジャンパー。大型トラック。雪汚れがついている。かなりの長距離らしい。「すみません、それ、軽油なんで、こっちに移動してもらえますか」「アア、ワカッタ」 ぶるるぅん。しゅるしゅるしゅる。「はーい、ストップ! オッケーです!」「ジャ、ヨロシク」「あの……急ぎますか?」「モチロン急イデル。朝マデニ届ケナイト」「でも、いま、ちょっとエンジンの音が……」「エ? コノ車、オカシイ?」「いえ、念のため。安全第一ですよ。ちょっと見させてもらっていいですか?」「オネガイスルよ!」「じゃ、寒いですから、中でお待ちください」
物語
2013.12.23
2012.12.24
2015.12.17
2016.12.15
2017.12.20
2018.12.21
2019.12.17
2020.08.01
2020.12.23
大阪芸術大学 哲学教授
美術博士(東京藝大)、文学修士(東大)。東大卒。テレビ朝日ブレーン として『朝まで生テレビ!』を立ち上げ、東海大学総合経営学部准教授、グーテンベルク大学メディア学部客員教授などを経て現職。